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空と大地のあいだで  200907

人間以外の動物たちは、日蝕の時間にはどこかに篭もってしまう

今日になって、明日の日蝕のことを話題にしたメールが沢山やってくる。
今晩はこんな風にメールで明日の日蝕のコトがあちこちで交わされて
いるのだろうか。
それを思うと気になることがあって急いで今、タイピングしています。

ここ若狭で見れるかどうかはわからないが
どちらにしても私は明日の日食は見ないように意識しています。

日蝕を写真で見ただけでも私の中にまだ目覚めるのには早い
意識のようなものが明らかに動いたのを感じました。(下に写真があります。↓)
その意識に向き合う覚悟が私にはまだできていない。

肉体的に日蝕を見ることで自分の中に今までにないエネルギーチェンジが
起こるのかもしれない。と同時に精神的に起こる反動は
私たちが考えているよりとてつもなく強いエネルギーだと
私は直感的に感じていてそれを重んじようと思っています。

作家 北山耕平さんとの出会いにより今の自然と共にいる私がいる
のですがこんな風に思ったきっかけは彼が以前から話していたことを
聞いていたからでもあります。
先日、彼のブログで日食のことを書いていたので
ここに一部を抜粋して紹介しておきます。

みなさんもメディアに流されることのない自分の内なる声に耳を澄まして
地球に起こる明日を迎えてみてください。


以下 北山耕平さんブログより一部抜粋


全文を読みたい方はこちらまで
北山耕平  日蝕をみないビジョンをみること

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


日蝕の日が近づくにつれて、人々の奇妙な振る舞いが目立つようになってきた。日ごろは天界の出来事に興味も払わなかったにもかかわらず、うなされたように日蝕のことを話題にする人たちも多い。どうやらスピリチュアルとされる人たちも、この流れには逆らわないらしい。

でもぼくは知りたい。昔から、いったい世界のどこに、日蝕を見ることをすすめるメディスンマンがいるというのだろうか? 日蝕を見ることをすすめる聖者がどこにいるのか? チベットの道士はなんといっているのだろうか? アフリカではワニが太陽を食べるときといわれていると聞いた。占星術の偉い人は日蝕を見ることをすすめているのだろうか? 誰か「白人頭(ホワイト・マインドにずっぽりの人)」以外に、日蝕を見ることをすすめている人を知っていますか? もしいるのなら、冗談ではなく、その理由を尋ねたいものであります。別に喧嘩を売るつもりはない。日蝕を見ることをすすめる理由が知りたいのだ。

ぼくは、「日蝕は見てはならない」というぼくにこの道を指し示してくれたネイティブのグランドファーザーの教えを守るつもりでいる。少なくともぼくの友人たちや家族にはそうしてもらいたいし、日蝕を見ないようにするために力を注ぐつもりでいる。それが素晴らしい神秘的な光景を見せてくれたのなら、あとでゆっくりと写真や映像で見せてもらうとしよう。そしてあの日この「見てはならない神聖な死」「太陽がなにものかと闘う光景」を見なくてよかったと確認することにしたい。「人間以外のすべての動物たちは、日蝕の時間にはどこかに篭もってしまう。それは、すべてのいのちに大きな影響を与え、人間にはブレーン・ダメージを与えることを知っているからだ」という前の世界からの言い伝えを、それでもぼくは信じる。ここでいわれるブレーンダメージがどのくらいの長きにわたって影響を与え続けるものなのかわからない。ディネ(ナバホ)のあるメディスンマンは「妊娠中の女性は、とりわけ妊娠三ヶ月を過ぎた女性は日蝕を見るべきではない」と発言している。インディアンの迷信として一笑に付すのは簡単なことであるが、彼は日蝕が胎児へ与える影響をけして小さなものとは見ていないことだけは確かである。

eclipse_2-26-1979_turtle_island[1]






























































by 樹心  at 22:52 |  未分類 |  comment (7)  |  trackback (0)  |  page top ↑

古き良きもの

今日の若狭は雨振る曇り空。
こんなときは家で畑仕事などしておきたいのだけれど
子供が夏休みに入り、昨夜から「どっかに連れてって〜〜」のオンパレード。

仕方がないので子供がねだる遊園地へと向ったのだけど
日本三景の天の橋立、冠島、沓島、青葉山を遥拝できる
天の橋立ビューランドという遊園地で私もちゃっかり楽しめる場所に向いました。


しかもそこに行く前にお土産やさんに並んでいた骨董屋さんと話し込んでいると
そこの店長さんがうちの町にある美味しいシュークリーム屋さんの大ファンで
なんやら私に好意をもってくださり(私の家とそのシュークリーム屋さんが
近いだけなのだが・・)遊園地のフリーパス券を4枚もくれちゃった。わ〜い。


こふ
その骨董屋さんで大好きな古布を安価でゲット!!
左側の紫の反物は一反で1600円、古布の大きめのはぎれも
たっぷり20枚で650円!!ううっ、安い!
当分裁縫なんてできる間はないのだけれど買ってしまった。




スケジュールちょう
これは以前、古布で作ったスケジュール帳カバー。毎年同じカタの
旧暦手帳を使っているのでこのスケジュール帳カバーはずっと使えるのです。





つけものいれ
そしてもうひとつ。蓋つきの漬物入れも買ってしまった。
櫻と小鳥がかわいい!!古き良き道具たちって好きなんだよなぁ。
嬉しくってさっき作りたてのキューリの漬物を入れました。

ちなみに味にとってもうるさい父が田舎のばあちゃん漬けよりも
美味しいとお墨付きをくれた自慢の一品です。
夏の間は我が家に常備しているので
お近くに寄ったら味見にお越しくださいね。



帰りは青葉山麓の海水浴場になっていない若狭の海を散歩して帰りました。
海の日だけど人っ子ひとりいない海でした。
貝
かわいい貝殻を子供が見つけてくれて
明日はこの貝はペンダントになる予定。




アナの石
こんな石まで・・・・・。貫通する穴って自然に開いたりするのかしら。


石が「僕を拾って」って足元で言ってたので拾ったのだけど
ちょっと不可思議なタイミングで拾ってしまって。
しばらくボーっとしてました。

この穴のさきを見る私はいったい、何を見ようとしてるのだろう。







































by 樹心  at 23:24 |  未分類 |  comment (4)  |  trackback (0)  |  page top ↑

象形文字の刻まれた鉄の輪∞青葉山ネイティブ

物心ついた頃から、私には自分をもっと知りたいという素朴な興味があり
それを追っていくと自分のルーツを知るということにつながり
今、ネイティブジャパニーズというものにとても興味があります。

きっかけはネイティブアメリカンとネイティブジャパニーズの関わりを知ったこと。

わたしにとっての憧れのネイティブアメリカンの姿は
わたしの遺伝子の中にあるネイティブジャパニーズに
自然と向けられていきました。


そう私達、日本人のルーツを辿っていくと
ネイティブジャパニーズと渡来人の混血になるんですよね。
その混血率はそれぞれ違うし南方系やら北方系やら
もっと複雑な説明も必要になってくるのですけど。



例外なく私達の遠い先祖は縄文時代に生きていたのです。
そのとても長い縄文時代に終止符を打ったのは大陸から弥生人といわれる
渡来人が来て、縄文時代には誰もが持っていたであろう自然と会話する力を
シャーマン(巫女)だけのものにしてしまった形態があると思います。

自然から離れてしまった人々に取り巻くのは『恐怖』です。
弥生時代から戦(いくさ)と言われる大量殺戮が生まれたのは
殺られる前に殺る。と言った恐怖の扉が開かれたからなのでしょう。
そうして弥生から始まった戦(いくさ)は永く続いた縄文時代とは打って変わり
古墳時代、飛鳥時代、奈良時代、平安時代・・・といって次々に争いの中で
変化をしその先端に今の日本がありそして、この地球では弥生からはじまった
戦争という悲しみがずっと続いています。

青葉山にはネイティブジャパニーズの血を色濃くもったクガミミという人物を
リーダーとした自然現象を扱う民がいたという文献が残されています。
時代。古墳時代にまでのぼりながら縄文時代のように自然と共に生きる人たちが
時代と調和しながら実在していました。

彼らは大和勢力の支配下になる事を拒み、権力よりも自然を愛し、
戦によって滅ぼされた民です。その描写は丹後風土記残欠にも詳しい
描写が残り古事記にもその文面が一部残っています。
時の権力者の都合の良いように『正義が悪者、クガミミを倒す。』
というような感じでは書いてありますが。


国宝の系図を持つ丹後元伊勢籠神社(海部族)と大昔は共にあった
であろうクガミミの一族。時代の中で大和と海部族が手を結び
クガミミ族は彼らの手の中に落ちてゆきます。


日本各地に残る大和による先住民(クガミミ)征伐のような
いわゆる『土蜘蛛退治』は全てそのリーダーが生け捕りにされたり
討ち取られたりして最期が明らかにされていますが
青葉山のクガミミの最期だけは不明になっています。
文献によると大江山に逃げていったとありますから
子孫を残しその子孫達が後の大江山の有名な鬼伝説になったのでしょう。


・・・とちょっとレアな話しになってしまいましたが
私が青葉山に魅せられているのはそんな歴史があるからなのです。
自然と調和して生きていた民が悪者扱いされて
その後、誰にも手を合わせられずにずっとここに悲しみを重ねていた・・・。

彼らのその悲しみは続いているのでしょうか。
裏日本と呼ばれ続けた若狭に現在も国家は多くのものを背負わせ
ている事実は大和の時代にあったことと今もカタチを変えて続いている
ような気がします。

私達ブルーリーフの活動の根本はこの「青葉山の声を聴く」
そう、戦(いくさ)のない平和だった時代に生きていたネイティブジャパニーズ
の声を聴くことから始まっています。
クガミミ達が大切にしていた大地への思い。無念な思い。
ブルーリーフを発行することで彼らの多くの思いが癒されることを願い
私達ひとりひとりが自然と調和して生きることを取り戻してゆくことが
彼らへの奉納でもあると思っています。

そんなことをいつもいつも思ってここ数ヶ月の作業でした。
そして今日、
驚きのしるしと出会ってしまいました。
鉄の輪

クガミミの時代、彼らが祭事に使っていたという鉄の輪と勾玉です。

象形さかな

象形

この紙にかかれた象形文字がはっきり見えるように
鉄の輪に掘り出されています。

青葉山のある神社に先祖代々大切に保管されていたもので
宮司さんは「ひふみよいつむ・・・・」と唱えながらその鉄の輪を頭に
かぶるように勧めてくださいました。博物館のガラス越しにしか見ることが
できないようなその祭具を自分が今、手に持っている。
その奇跡にクガミミ達が私たちを応援してくれている、励ましてくれている
喜びの声を聴いたような気がしました。

今日、また新しい扉を開けたようです。

こんなすごいものがあると思わなかったので
携帯のカメラしか持っておらず・・・・反省。
またブルーリーフの取材で伺う約束してきたので、そのときには勾玉や岩倉、
文献も撮ってきます。(驚きのあまり、今回は写真撮るの忘れてしまった。)

それから・・・
どなたかこの象形文字を読める方いらっしゃいませんか〜。



























by 樹心  at 23:17 |  未分類 |  comment (8)  |  trackback (0)  |  page top ↑

守ってきてくれたヒト

今、9月発刊予定のナチュラルフリーペーパー「Blue Leaf」の作成に
日々明け暮れています。
慣れない編集作業やスポンサーになってくれる行政との打ち合わせ、
あれやこれやとかなりする事が山済みなのですが、毎日、とっても楽しい!!


あきおかや

今日はうちのすぐ近くでもあり青葉山の麓にある「 ログペンション 秋岡家」
に行って来ました。レストランや喫茶もあり高浜町では人気のお店。
そこのオーナーでもありログビルダーでもありダイバーでもあり、
木こりでもある敬愛する秋岡さん、彼のインタビューに行って来ました。



IMG_4506.jpg
還暦を迎えたとは思えないほどの少年のようなまなざし。
こうゆう方の声にはもう本当に励まされます。
彼とは一緒に古道に入ったり、お茶をしたりしてたけど
今日のようにびっちり彼の夢語りを聞くのは初めて。

「・・・・僕はね、そう信じてるんだよ。」
なんてインタビューに答える姿は格好良過ぎ!!
今、私の取り組みはほとんど彼と一緒に行動することが多いのですが
いつも「何でも言ってくれ、できることはなんでもする!」と
バックアップしてくれるとっても頼もしい紳士な方です。

あきおかさん
このログハウスも彼の手作り。


地元を今までずっと守ってきてくれた方達と一緒に自然に向き合える、
立場や年齢を超えて夢を語り合う時間は土地の神々と
お話ししている気になってしまうたくましくて静かで不思議な時間です。

彼らと関わることで私自身が癒されているような
静かな感動が日々、連なっています。

10月には彼と「やまもも、風の通り道プロジェクト」と題し
宝塚にある櫻守り(さくらもり)の会さんに手伝ってもらって
青葉山にあるやまももの大木の周りを間伐するイベントを開催します。

ぜひ、ぜひ、遊びに来てね〜♪





















by 樹心  at 18:05 |  未分類 |  comment (4)  |  trackback (0)  |  page top ↑