2008/05/28
縄文
![jomon_1[1]](http://blog-imgs-24.fc2.com/a/n/n/annapurnablog/20080527235120s.gif)
行って来ました!今、話題の縄文展。
ひゃぁ。すごかった。
息が出来ないほどすごかった。
ご一緒した友達もユダヤ系のカナダ人やアイヌ人やら
いつものように味わい深い友達に囲まれて・・・(笑)
みんなそれぞれ独自の感じ方をしていた。
それもまた面白かった。
沢山の縄文土器。すごかった。予想以上だった。
今でも目をつぶると紋様があたまをめぐる。
縄文と宇宙は繋がっているんだなぁ。きっと。
この縄文人の血が100倍、1000倍、10000倍に薄まりながらも
私達の血に混ざっているのだろうか。
だからたまらなくドキドキするのかな。
おすすめです。
6月1日まで開催しています。金、土は21時までしているし
みなさんぜひ、足を運んでください。
http://www.mcart.jp/19/exhibition/jomon/19jomon.htm











ねぇ〜!
イイなぁ〜もっかい行って来よっかな〜☆。
No title
ご存知私の心の友、Tも土器土器するっていってたよ(笑)
No title
世界最古の土器が、これって…
しかもそれを作った人は、この日本にいたって…
すごすぎる。
昔のこととは思えないですね、なんだか。
強烈に「今」を感じる〜!
No title
「日本」と云うものがなかった時代−そんな時代の方が遥かに遥かに永ぁいんだが−、人々はどんなコミュニティで生きていたのだろう?
どんな かみさま を感じていたのだろう?
土器をスケッチすると、エネルギーが湧いてきた?ような気がしました。
若狭から遠いのに、凄いね。
No title
ところで、こういう縄文土器って実用的なものだったの?それとも装飾的なものだったの?教えて教えて。
No title
私もね、「今の瞬間」からずっと土器を見てたの。
そしたらなんともいえない感覚が止まらなくなってしまった。
ドキドキして過去なんだか未来なんだか今なんだか・・・
そんな尺度では計れない何かを感じるよね。
その何かがこれからの新しい未来を創るんだな。きっと。
きゃ〜楽しすぎ♪
けいじくん
そうそう、どんなコミュでどんな神様を感じてたのだろうね。
アイヌの友達と行って来たのだけど、やっぱり感じ方が独特だった。
でも自分の中にも他の友達の中にもそれぞれの感じ方があって、
みんな本当なんだろうなぁ。と思ったよ。
縄文の頃から色々な血が混ざって今がある。
日本人だけでもみんな明らかに顔のタイプが違うし、
皆ミックスルーツ人なんだよね。
それぞれの眠った記憶にそれぞれの生きた歴史がある♪
だから私達の出会いも遥かな記憶が結びつけたような気がするんだよね。
じゃなきゃ出会えないよ。
すごいよっ。頭では理解できない何かが動いている気がするなあ。
ケンイチロウくん
そう思うよ〜。
Life is art ☆ Time is art !! だよね〜。
今もそうあろうと思ってる。
そう思ってたら毎日、楽しいしね。月、風、空、海、緑、
ホント、芸術ばっかり。
どっちもじゃないかしら。
明らかに実用的なものもあるし装飾的というか儀式的なものも
大いにあるでしょう。
どちらも装飾はしてあるけど
やっぱり儀式的なものを目の前にすると生つばごっくんって感じ。
創り手の気合のいれようも違うけど、そのときの背景が見え隠れするしね。
あまりのすごさに見入りすぎて
私は何回もショーケースに
おでこを「ごん!」ってぶつけたよ。学芸員さん、笑うの我慢してたなぁ。
No title
トップの写真にのしてるやつは儀式用でいいのかな?
こういうのを作ってた人は今でいう芸術家やったんやろか?それとも、こういう文様・形状は縄文人一般の共通理念から産まれるデザインやったんやろか。。。「多分そうだったんだろな〜」って思うし、そうだったことを願うけど、、、そうっだったとしたら、なぜ僕らは知恵の果実を食べてしまったのか、何かしらの意味はあるんだろうな〜。
No title
あっトップの写真のことだったのね。うん、儀式用だったように思うな。
縄文時代には文献が残されていないから最後は想像まかせなんだけどね。
そうそう。なぜ知恵の果実を食べてしまったんだろうね。
私もよくそんなこと思い巡らすよ。その意味は無意味なようで
反対にまたすべての可能性も含めている気もするなぁ。
あっ今、ケンイチロウクンとのボール(あの時の)のやりとりが浮かんだよ。
なぜあの時、ケンイチロウくんを選んだのかとかって無意味そうでしょ?
でもけっこう気づかないとこで何気に選んでるって不思議だよね。
そうゆうふいな感覚、私は好き。
意味がないけど気になるっていう感じね。
そうゆうの紐解いていくとなぜ知恵の実を食べたのかもわかるような気がするっちゃ。
No title
僕らは説明したがる。
産業革命が世界を画一化し、コロンブスが世界を平凡化する。
僕らは説明したがる。
きっと、その出発点にある知恵の果実は直感をどこの誰でも分かる共通言語化する能力を秘めた果実だったんだよ。
アダムとイブはその後、お互いが服を着ていないことを恥じたがその果実が持つ役割は「私たちは特別な存在ではなく生態系の中で命を与えられ、他の者をささえ、他の者にささえられ自分たちの為に生きることが他の者の為に生きることという意味である世界に生き、私はあなたであり、あなたは私でもある」という意識を個という概念を崩されることなく認識できるものだったんだと思う。
泣きたいけれども泣けない、意識の深いところで心細く震えている子がいる。
「ここで立ち止まってはいけない。。。」ナウシカが降りてきた。
強く生きよう!!しかも、適当に。適当なのが好きなのさ。
ソクラテスがいうように人の間に真実があるのさ。
スジャータに中道の悟りを気付かされてね。なんつってか。
長くなったけど、楽しかった、あんがと。パトラッシュが眠たがってるから寝る。
No title
そしてまた僕らは説明したがるよね。言葉は太古にはなかったのかもしれないというのに・・・。
言葉は美しい一面もあるけれど
現代は言葉に執着しすぎて循環できなくなってしまったように思うよ。
精神的にも地球的にもね。
すべては移ろい変わっていくのが自然の原理。
言葉というより言霊で触れ合ってゆきたいよね。
私たちは特別な存在ではなく生態系の中で命を与えられ、他の者をささえ、他の者にささえられ自分たちの為に生きることが他の者の為に生きることという意味である世界に生き、私はあなたであり、あなたは私でもある」という意識を個という概念を崩されることなく認識できるもの
うん。ほんとそう思うよ。
個がないと全体を見渡せない。
全体がないと個は存在しない。
表裏一体だよね。
空(くう)は空(くう)
風はどこから来てどこへ行く?
私達もそのかけら。
自然と一緒に息づきいつの日か終わりを迎える。
この瞬間にも。
限りある命の中で無限の魂を楽しみましょっ♪
そうそう、これおすすめホームページ。
ケンイチロウくんならきっとうなずく内容だろうなぁ。
http://www2.odn.ne.jp/~chr58670/meditation.html